歴代ミスりんご活動紹介

2013ミスりんごからのメッセージ

2015年04月10日

いよいよ近日中に2015ミスりんごの募集が始まります!
約2年間に渡り青森りんごの顔として国内外で活躍した2013ミスりんごの皆さんに、活動を振り返ってのメッセージをいただきました。

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「2年間を振り返って」
2013ミスりんご 猪股 美佳子 
 
 ミスりんごに選んでいただいてから、早くも2年が過ぎようとしています。この2年間は後にも先にもないほどたくさんの方々と出会い、色々なことを学ばせていただき、そして経験させていただいた2年間でした。
 私は家がりんご農家で仕事も農業関係ということから、2年前上司の勧めでミスりんごに応募しました。幼い頃から周りにりんご畑が広がる地域で育ち、りんごはいつでも食べられる果物、「青森と言えばりんご」というのは当たり前のことだと思っていました。正直、最終選考で自分の名前が呼ばれた時は、喜びや期待よりもなぜか漠然と大きな不安を感じました。私は当初、「全国の子どもたちにりんごを好きになってもらえるように、食育活動を頑張りたい」と言ったものの、人前で話をすること、わかりやすい言葉で説明することや伝えるということが苦手でした。
 ミスりんごに選んでいただいてからは、「ミスとしての心構え」や「立ち居振る舞い」など基本動作から、「りんごについての知識」、「食育授業の仕方」、「台湾語レッスン」など専門的な知識まで学ばせていただきました。その中で青森県民の10人から15人に1人は、りんご産業に携わっているということや、全国の青果会社から構成される「青森りんごの会」があるということを知り、青森県だけではなく、全国各地の皆様に支えられて今の「青森りんご」というブランドがあるということを知りました。
 ミスりんごの活動は、りんごの収穫が始まる秋頃から、りんごの販売・流通が落ち着く春頃まで続き、青森県フェアでのPRや各企業の社食での試食宣伝、保育園や小学校での食育活動、地元プロバスケットボールチーム青森ワッツの試合でのりんごプレゼント、海外では台湾での宣伝活動などがあります。時には1人で現地に行かなければならないこともあり、正直気持ちに余裕がなく、用務終了後にはこれで良かったのか、ちゃんと言いたい事を伝えられたのか等、反省点が多かったです。しかし試食の際にお客さんからの「おいしい」という一言や、食育で子どもたちが「りんご好き~!」と言ってくれる言葉は大変うれしく、何よりも励みになりました。全国各地で様々なイベントに参加することで、生産者から流通業者、消費者の皆様などたくさんの人と出会い、りんご産業に関わる方々の熱意やりんごに対する想いなどを身近に感じることが出来ました。
 私たちがステージに立ってPRをする時間は数分から数十分と短時間ですが、何日も何か月もかけて念入りに準備をしてくださる方々がいたため、これまで何の不自由もなく活動してくることができたと思います。現地で優しく迎えてくださった青果会社の皆様、仕事のたびにフォローしてくださった県職員の皆様、いつも体調を気遣ってくださった役員の皆様、私たちが現場で困らぬよう入念に段取りをしてくれいつも支えてくれた事務局の皆様、そして一緒に活動をしてきた齊藤さん、藤井さん、この2年間に出会ったすべての皆様にお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。ミスりんごとして過ごした日々は私にとってかけがえのない時間を過ごさせていただいた2年でした。今までの経験を胸に、周りの方々への感謝を忘れず、これからも地元青森の魅力を発信していけたらいいなと思います。


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「ミスりんごの活動を終えて」
2013ミスりんご 齊藤 一乃

 ミスりんごとしての2年間の任期がもうすぐ終わろうとしています。
振り返ってみると、これまでの私の生活からは考えられないくらい活動的で記憶に残る時間でした。
 もともと人前で話すことが得意ではなく、選考を経てミスりんごに選んで頂いたときは、正直うれしさよりも不安のほうが勝っていました。その不安な気持ちから、事務局の方や同期の猪股さん、藤井さんに迷惑をかけてしまうこともたくさんありました。ですが、そのたびにこのような私を役員の方、事務局の方、同期のふたりが支えてくれました。私が無事に任期を終了できるのは、まわりの方々の支えあってのことだと、本当に感謝しております。
 もちろん楽しかったこと、うれしかったこともたくさんありました。日本全国いろいろな土地の方とお話したり、幼稚園の食育ではお礼の歌をもらったり、ここには書ききれないくらいの楽しい思い出が2年間でたくさん出来ました。成長したこともたくさんあります。もともと苦手だった人前でのスピーチも難なくできるようになりましたし、いざという時に力を発揮できるようになりました。最初こそ自分に勤まるだろうかと不安な気持ちが大きかったですが、今となっては、ミスりんごとしての活動が終わってしまうことがさみしくてたまりません。ミスりんごとして活動できた2年間は、私の一生の宝物です。
 これから何か始めてみたいなという方、自分を変えたいなという方、ぜひミスりんごに応募してみてください。いろいろなことを経験して、いろいろなことが変わると思います。私がそうでした。これまで強い気持ちで何かをやり遂げたことがなく自分に自信が持てなかった私ですが、ミスりんごとしての活動を通じて、自分に自信を持つことが出来るようになりました。選考会でミスりんごに選んでいただいたことに感謝をしない日はありません。
 最後に、2年間でお世話になった皆様に、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。
このように未熟なわたしがミスりんごとして2年間無事に活動できたのは、いつも優しく接してくださった役員の皆様、さまざまな相談に乗ってくださった事務局の方々、2年間共に活動した猪股さん、藤井さん、そして活動先で出会ったすべての方のおかげです。感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。

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「2年間を振り返って」
2013ミスりんご 藤井 なつき

 皆様こんにちは。第17代ミスりんごあおもりの藤井なつきです。
 大家喜歡吃蘋果嗎?(皆様、りんごはお好きですか?)
 青森県はりんごの生産量が日本一であり、見た目、味、品質の良さ、どれをみてもトップクラスです。そんな青森りんごと、青森県の素晴らしさを日本から世界中へお届けするのがミスりんごの役目です。
 高校時代、アメリカと中国に行ったことや、大学で青森県の地域活性化について研究していたことがあり、日本や地元の良さをたくさんの人に伝えたいと思っておりました。念願が叶い、大学4年生の夏にミスりんごに任命され、このお仕事に2年間携われたのは、自分の人生の中で大きな財産となりました。
 私たちの代から大きく変わったことがあります。それは黄色系りんごの宣伝です。新たに黄色いユニフォームもでき、青森県産黄色りんごマスコットキャラクター“黄りんちゃん”と一緒に各地でPRをしてきました。ステージや食育活動などで黄色りんご消費拡大のためのPRソング“ハッピーイエローアップル”のダンスを踊るなど、「りんご=赤」だけではないということをアピールしました。私も、黄王やトキが好きだったため、毎回のスピーチで黄色系のりんごのPRに力が入ったのはいうまでもありません。
 ミスりんごとして全国各地を訪れて感じたことは、皆様の「青森りんごに対する愛着」です。我が子のように愛情をかけて育てる生産者、美味しいりんごを届けようとこだわりを持つ流通業者、お客様に魅力を創意工夫しながら伝えようと努力するイベント関係者や行政など、多くの方々と出会いました。業種も(国を越えても)異なる人々が一丸となってりんごを売っていく、そのスケールの大きさに感銘を受けるとともに身の引き締まる思いがしました。
私が気を付けたのは3つ、“笑顔”“りんごに関する知識”“語学”です。青森りんごについて自信を持ってお客様に宣伝するためには、より努力が必要でした。研修以外にも自主的に図書館に通って文献や農業新聞を読み、また、リン先生の指導のもと台湾語の習得に励みました。試食宣伝でお客様と接している時、「あなたの笑顔、りんごみたいね。」と言われたことが多数ありました。私のりんごに対する想いが笑顔から伝わったのかなと思うと、とてもやりがいを感じました。
 同期の猪股さん、齊藤さん、仕事を通じてお世話になった皆様に感謝の気持ちをこめて、最後はいつものスピーチで締めくくりたいと思います。
 皆様が美味しい青森りんごで、健康で笑顔になりますように。
 ありがとうございました。
 


 

ミスりんごから、体験談をお聞きしました!

2013年04月18日

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第16代ミスりんご 對馬 菜都美

 2年間ミスりんごとして活動させて頂き、これまでには経験できなかった沢山の機会と出会い、そしてチャンスを与えていただきました。
 大学卒業後、県外での生活を送っている中で、地元である青森県のことを沢山の人に知ってもらいたいという漠然とした想いを持つようになりました。そんな中、友人の「ミスりんごに応募してみたら?」と言う一言が、私の応募のきっかけでした。
 青森県のことを良く知らない人でも、「青森と言えばりんご」と言ってくださる方が多く、青森県の顔とも言えるりんごを通して、青森の魅力を知って頂きたいと考えました。それまで、りんごに関する知識と言えば、いくつかの品種を言えるくらいでしたが、研修を通して、青森りんごの生産、流通、販売・宣伝などに関し、沢山の方が関わり、誇りをもってやっていらっしゃることを知り、私も責任を持って、皆さんの想いとともにミスとしての活動を行っていきたいと思うようになりました。
 ミスりんごの活動は、各地区でのイベントや表敬訪問、マスコミでのPRなど多岐に渡りますが、中でも難しかったのは幼稚園や保育園、小学校での食育授業でした。自分では理解していても、そのことをいかにわかりやすく伝えるか、どんな風に話したらもっと興味を持ってもらえるかなど、相手に伝えることの難しさを痛感しました。食育に限らず、自分の言葉に責任を持って発言しなければならない状況に、毎回緊張していたように思います。そんな中で子供たちから「りんごのことが前よりわかった」「りんごをもっと食べようと思った」という感想やお手紙をもらうと、こういう活動ができて本当に幸せだなと感じました。子供たちの前で授業をするということはもちろん、どの活動も普段の生活では経験し得ないことばかりで、自分自身勉強になりましたし、なによりこの2年間とても楽しかったです。
 そして、研修からずっと一緒に頑張ってきた須藤さん、吉崎さんとともにミスりんごとして活動できたことも、本当に感謝しています。2人との出会いも私にとってかけがえのないものとなりました。そして私たちに手本を示してくれた先輩ミスの方々、いつも支えて下さった役員や事務局の方々、ミスりんごの活動を通してお世話になった方々、すべての皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。心からお礼申し上げます。

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第16代ミスりんご 須藤 朗子

 ミスりんごとして、活動してきた二年間は、私にとって、すごく特別な二年間でした。私は実家が農家なわけでもなく、ミスりんごに決まるまでは、会社員として、四週六休普通に働いていました。
私の周囲の友達が、ワーキングホリデイをしたり、資格を取るために仕事をしながら学校に通ったり、働きながら公務員試験を受けたり・・・
 そんな頑張っている友達を見て、私も充実した日々を過ごしたいと思うようになりました。身長も、学歴も、特別なコネも、人前に立つ経験もない私ですが、一生分の運を使い切ったのか、ミスりんごに選んでいただきました。
 ミスりんごの活動をして、たくさんのことを学びました。心構え、立ち振る舞い、ヘアメイク、アナウンス練習、語学、青森の観光について、りんごの基礎知識・・・これからの活動でたくさんの方々と接する際に、恥ずかしくないよう、各専門の先生方より熱心にご指導いただきました。
 日本全国、海外で青森りんごや観光のPRをしているうちに、今まで気が付かなかった青森りんごや青森県の魅力を実感するようになりました。また、ミスりんごの活動を通じてたくさんの人と関わっていくうちに、何をしたらいけないのか、何をしなければいけないのか、何をしたら喜んでもらえるのか・・・自分で考え、それを行動に起こす意識を持つことに繋がりました。
 こうして2年間を振り返っている今、自分自身が成長できたことを実感しています。そして何より、青森りんごを通して出会うことができたすべての方々に、心より感謝しています。
 私たちがステージ上で数分間PRするまでに、何日もかけてサポートしてくださる皆様、おいしいりんごを作ってくださる農家の皆様、愛情を持って優しく接してくださる役員の皆様、体調やメンタル面も親身になって気使ってくださる事務局の皆様、私たち三人を温かく見守ってくださる先輩ミスの皆様、本当にありがとうございました。そして同じ思いで頑張ってきた對馬さん・吉崎さん。このふたりと出会い、一緒に過ごしてきた時間は私の宝物です。
 もし、少しでもミスりんごの活動に興味があったなら、チャレンジしてみることをおススメします。もちろん、ただただ華やかで楽しいだけの時間が過ぎてゆくだけではありませんが、私は二年前ミスりんごに応募した自分にも、心からお礼を言いたいです。

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第16代ミスりんご 吉崎 ちひろ

 早いもので、ミスりんごに選ばれてから2年が経とうとしています。この2年間は、後にも先にも、1番密度の濃い時間であり、そしてかけがえのない日々になったことは間違いありません。
 ミスりんごに応募したきっかけは、祖父母の勧めによるものでした。正直、ミスりんごについて、またりんごについての知識はほとんどありませんでした。選ばれた瞬間、嬉しい気持ちよりも不安な気持ちが大きかったのを覚えています。しかし、今ではこの幸運に感謝しています。
 私が選ばれた年は、震災があった年で青森りんごは風評被害に悩まされているところでした。輸出はストップし、国内の消費も停滞していました。この事実を知り、青森りんご、そして生まれ育った青森県のために、私にできることは何だろうかと、りんご、そして自分自身と向き合いました。その中で私が大切にしたのは、青森りんごに関わっている方々の気持ちに寄り添うことでした。
 りんごの消費宣伝活動において、先頭に立って活動するという役目を果たすには、まず、私がりんごに関わる方の気持ちを理解し同じ気持ちにならなければ、心がこもった言葉でPRすることができないと思ったからです。そこで感じたのは青森りんごへの情熱、愛情、そして、そこから生まれる揺るぎない自信でした。青森りんごが放つ魅力はここから生まれているのだということを知りました。私は、この青森りんごの魅力を知り、魅力に引き込まれ青森りんごが大好きになりました。そして、この魅力を一人でも多くの方に伝え、私のように青森りんごを大好きになってもらいたいという一心で活動を続けました。
 活動の中で、消費者の方が「青森のりんごは美味しい!」とおっしゃって下さることが本当に嬉しく、励みとなり、そしてさらなる青森りんごへの自信となりました。
 ミスりんごの活動を振り返ると、初めて経験することばかりでした。ミスりんごとしての心構えや話し方、マナー講座などの充実した研修から始まり、様々な土地で多くの方と関わりながらPR活動を行いました。そこで見たり聞いたり感じたことは、どれも新鮮で、そして全てが学びとなりました。県民の10人に1人がりんご産業に携わっているとも言われる青森県において、2年間ミスりんごあおもりとして活動できたということは、とても誇らしく、幸せな経験をさせて頂いたと感じています。そして、感謝の気持ちでいっぱいです。
 私が何不自由なく、今まで活動することができたのは、青果会社の方々、イベントを企画・運営して下さっている方々、各行政機関の方々など、本当に沢山の方の支えや助けがあったからです。そして、いつも側で見守り、励まして下さった、役員の方々、事務局の方々、そして、同期の對馬さんと須藤さんの大きな支えのお陰です。今まで、本当にありがとうございました。ミスりんごあおもりとして活動することができたという誇りを胸に、これからの人生を歩んでいきたいと思います。

 

ミスりんごから、体験談をお聞きしました!

2011年02月10日

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第15代ミスりんご 乘田麻衣子


みなさん、「青森りんご」にどのようなイメージをお持ちですか?
これは、農家のみなさまが丹精込めて1年かけ、育ててきた愛情が詰まったかけがえのない形なのです。この1つのりんごに込められた思いを伝えることが、私の使命だと感じ日々努めて参りました。実際に活動し始めると、青森りんご一つひとつの「思い」をどのように伝えていこうかと常にりんごと向き合っていました。人に思いを伝える…これほど難しいことはないと思います。
ミスりんごあおもりとして活動させていただき、「こころ」「出会い」そして「感謝」に包まれた日々を送ることができました。これも、みなさまのお陰です。本当にありがとうございます。
『こころ』それは自分自身、人とコミュニケーションをとる一番大切なものだと感じます。
日々心を磨くことで、内面の美しさが外見に現れ、周りの方にも伝わるのではないでしょうか。「人のこころに残るミス」これが私の日々心がけていたことです。笑顔で話しかけると笑顔で返ってくる、といったように心で話しかけると不思議と心で返ってきます。私は、心には人を動かす大きな力があると思っております。きっと、「コトバ」だけでは伝わらない何か動いているのです。そんな多くのみなさまに出会えたこと大変嬉しく思います。
『出会い』実際にミスりんごあおもりとして全国各地を訪れることで、さまざまな人との出会いがありました。一期一会の心を忘れることなく、青森りんごを通して青森の魅力が、みなさまの心に残るよう常に考えておりました。また、さまざまな人に出会うたびに人の温かさに触れることができました。そんな数多くの出会いをして参りましたが、一番の出会いは「新しい自分」との出会いでした。自分にできること・できないこと、やってみたいこと、やればできること…自分と向き合い闘いながら数多くの出会いを経験することができました。自分の新しい発見が、一歩一歩成長へと導いてくれた気がします。
『感謝』ミスりんごあおもりとして選ばれたときから、私の心の中では感謝が生まれておりました。感謝の思いを形にするには、ミスとして精一杯努力することが一番だと思い、これまで一生懸命頑張って参りました。仕事の内容は多種多様にありますが、活動一つひとつが多くの学びであり、子どもから高齢者と幅広い年齢層のみなさまと接する中で、みなさまから教えられることの方が多かったように感じます。みなさまに出会い教えていただいたことは、私にとってかけがえのない財産です。
私一人では気づくことのできない、新しい自分に出会わせていただいた各関係者のみなさま、また、いつも支えたくれた家族へ感謝の気持ちでいっぱいです。新しい自分に出会えたことに感謝し、今後も日々自分と向き合い成長を重ねていきたいと思います。
みなさんも、「新しい自分」と出会ってみませんか?きっと、素敵な日々が待っています。


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第15代ミスりんご 髙橋まどか


県内の福祉施設に勤務していたある日、職場に一通の書類が届きました。
今年度産の青森りんごは雹による害が大きく、流通品として扱うことは困難なので県内の学校や施設に寄贈しようと思っているというもので、その十数日後には驚くほど沢山の青森りんごが届けられることになりました。
施設での給食やおやつにと青森りんごを皆でいただくうちに、私は様々な疑問を抱き始めました。雹で傷が付いただけで変わらず美味しいりんごなのに、流通品にならないのはなぜか。何百個何千個という数のりんごを収穫した農家の方々の生活は。どのようにして学校や施設への提供を行っているのだろう。
今、ミスりんごとしての2年間を振り返り、それらはしっかりと解決できたように思います。それまでの自分の生活を逆側から見たようなミスりんごの世界は、想像していた以上に広く大きく、そしてプライドをかけたものでした。
一年を通して何度も直接手をかけ、気紛れな自然に真っ向から立ち向かう生産者の方々、それを鍛え抜かれた目で競り落とす業者の方々、全国・海外にまで配送してくださる方々、お客様に青森りんごを直接お勧めするマーケットの方々、全国へ出向いて広報活動やセールス、イベントなどを行う県や市町村、各団体の方々。そして、全国・海外にいらっしゃる大勢の青森りんご消費者の皆様。全ての方々がプロであり、青森りんごを愛していて、そして笑顔でした。「全ての方々がプロ」ということはもちろん商品を見る目も厳しいということですが、それでも青森りんごを愛してくだっていることは、津軽とか南部という隔たりを抜きにして、青森りんごの素晴らしさを伝える立場であるミスりんごとして大変嬉しいことでした。全ては、沢山の方々のお心遣いがあってこそだと思います。ミスりんごとして選出していただいた時には知り得なかったこれらのことを、今は多くの角度から見つめることができるようになり、視野がとても広がったように感じています。
そして何より、人とのコミュニケーションの際に最も大切なのは笑顔だということを学べたことは、私の人生を大きく変えたように思います。笑顔は伝播していく。猛暑、東北新幹線全線開業、はやぶさ開通、東北地方太平洋沖地震など、嬉しいニュースと悲しいニュースの両方で溢れ返ったこの日本に、青森りんごはもとより青森の笑顔で元気を発信したい。それが私の願いであり、この2年間がその様なものであったと信じています。

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第15代ミスりんご 木村恭子


おかげさまで、ミスりんごとしての二年間の任期も終ろうとしております。
今振り返ってみますと、普通に生活していたら体験する事ができないような、数多くの事を勉強させていただきました。
私がミスりんごに応募したのは、2009ミスりんごを募集している事を知った母から「ミスりんごになったら、りんご農家のお役に立てるかもしれないよ。」と言われたことがきっかけでした。親戚にはりんご農家もおりますし、「少しでもお役に立てるなら…」と思ったこと、また、幼少の頃から“青森県のミスといえばミスりんご”と、父から聞かされていた事もあり、憧れの存在であるミスりんごに挑戦してみようと思いました。
そして、何よりも強い応募動機となったのは、今まで両親に親孝行らしい事をしたことが無かったので、もしミスりんごになれたら、どんなにか両親が喜ぶだろうと思ったからです。
ミスりんごに選んで頂いた時は、嬉しさの半面、はたして私にこの様な責任ある仕事が二年間も務まるのかと不安でいっぱいになり、弱音ばかり言っておりました。しかし、事務局の方に「あなたはミスりんごに選んで頂いたのだから、もっと自信を持ちなさい。そうでなくてはあなたを選んで下さった方々に失礼です。」と言われ、それ以来“ミスりんごに選ばれた”という考えから、“ミスりんごに選んで頂いた”という考え方に変わりました。
ミスりんごとしての活動が始まり一番感じたことは、私がこうしてミスりんごとしていられるのは、周りの方々のおかげであり、感謝の気持ちを持って仕事をしなければならないということでした。全国各地で青森りんごのPRをするのがミスの役目ですが、私たちが何の苦労もなく仕事ができるのは、各地域の青果会社の方々、行政の方々、施設の方々、役員の方々、事務局の皆さんが、何日も前から計画・運営して下さるおかげだということを知りました。
どこへ行っても優しく接して下さり、また細やかな気配りをしていただいたことに感謝しております。私は人前に出たり、人前で話すことが苦手であがり症ということもあり、一年目は初めてのことばかりに戸惑い、失敗する事も多く、それゆえに萎縮してしまい、そんな自分にいつも悩んでおりました。そんな時事務局の皆さん、同期の高橋さん、乘田さんが親身に相談にのって下さいました。また家族にも悩みを聞いてもらい、落ち込んだ時には支えてくれました。
この様に、私が二年間ミスりんごとして活動することができましたのも、ひとえに周りの方々の支えあってのことなのだと感じております。
これから私は、また新しい事にチャレンジして行きますが、周りの人達に対する感謝の気持ちを忘れずに、人生を歩んで行こうと思います。



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第14代ミスりんご 工藤 瑞穂       
                             
ミスりんごに選ばれてから早2年が過ぎようとしています。
ミスりんごという名称は知っていても実際どんな活動をしているのか知らず、選ばれた当初は不安と喜びの半々だった私ですが、それまでとは180度違う世界を見て、聞いて、体験するなど本当に貴重な経験をさせていただきました。
活動前の研修ではミスりんごの心構え、振る舞い、言葉使い、メイク、髪型、話し方、姿勢にいたるまで専任の講師の方に指導いただき、ただ聞いて身につけるだけでなく、社会人として、1人の女性として自分自身を磨く良い機会となりました。りんごのPRをするにあたり私はほとんどりんごについての知識がなく「ふじ」や「王林」の品種くらいしか知らなかったため、家族の協力で毎日いろいろな品種を食べてPRの幅を広げられるよう勉強しました。少しでもりんごを知ることができたらという思いでしたが、活動し始めたころ思わぬ効果が表れました。久し振りに会った方に「痩せた?」と聞かれ体重を計ってみるとなんと知らぬうちに8キロも減量できていました。
もともとぽっちゃり体型でどんなダイエット方法も効果が得られなかったのですが、毎日りんごを1個食べていたら4か月程で痩せたのです。りんごを食べることがこんなにダイエット効果につながるとは・・・・。これには本当に驚きました自分自身の実体験から少しずつ自信が持てるようになり、PR活動もいろいろな角度から伝えたいと考えるようになりました。
2007年から2年間の任期になり、これまで全国各地を訪れ、その土地の歴史や風土、名所に特産物・・そして地元の方々の人柄に触れることができるなど、今までもこれからも決してできない経験をさせていただきました。各地の青果会社やイベント関係の方々、県や市町村の職員の皆様とお会いし本当にたくさんの方が青森りんごに関わっているのだと知りました。
またテレビに出演したり、著名人や他県の知事さんにお会いすることなど、ミスりんごになっていなければありえないことだと思います。
もともと子供と関わる仕事をしていたので、幼稚園、保育園、小学校などを訪問して子供たちと触れ合うことは楽しく、ミスりんごの仕事を通じて交流できたことは本当にうれしかったです。そしてどんな仔細なことでも何かに挑戦しようという気持ちをいつも持ち続ける大切さを学びました。役員の方に「ミスりんごとしての1年は、普通のOLの10年分の経験に匹敵する」とお聞きした時、本当に身が引き締まる思いで、「ミスりんご」としてどうあるべきかを考え、自分を高めていくきっかけになりました。自分自身が楽しんで心が豊かであれば自然に笑みがこぼれて周りにも広がっていく・・ただりんごのPRすることだけがミスりんごのお仕事ではないこともわかりました。
ミスりんごとして活動できたのも、薦めて応募してくれた家族や、いろいろアドバイスをいただいた先輩方、私に今までない事をたくさん経験させてくださった役員や事務局の皆様のおかげだと感謝しています。ミスりんごとして活動できたことは私の一生の宝ものです。本当にありがとうございました。
                                             
                                                                                    
                                  
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第12代ミスりんご 佐藤 香奈
                          
私がミスりんご選考会に応募するきっかけになったのは先輩から「ミスりんごは県内のミスの中で最も上品で礼儀正しく、立ち居振る舞いもしっかりしている。なれるかどうかということではなく、きっと選考会に応募することだけでも何か学ぶことがあると思う」という話を聞いたことでした。ミスりんごに選んでいただき、活動できたことで、色々なチャンスを与えていただき、間違いなく成長できた自分がいると胸を張って言えます。
活動前に行われた研修では、心構え、立ち居振る舞い、マナー、メイク、話し方、青森りんごの知識などを教えていただきました。その中で最も印象に残っているのが心構えの研修です。
「プロ意識と責任感を持つこと」、「ただ外面だけを磨く努力をしても、内面から滲み出る美しさでなければ本物ではないということ」、「仕事をする上で基本的な事柄を知り、自分の立場を常にわきまえるということ」、「農家の方や携わる多くの方々の苦労や思いを背負って感謝の気持ちを忘れず活動するということ」など、一人の社会人としても大切な心構えを講義の中から多く学びました。これらのことは普段の生活の中でも指針として、常に心に留めて生活しています。
研修を終え、始まった活動は、国内外の色々な場所でのイベントやマスコミへの出演、表敬訪問や式典参加など、日常では経験できないようなことばかりでした。普段は絶対にお会いすることのできない首相をはじめ、各界で活躍されている多くの方々とお会いしたり、国内外の消費者の皆様や各地区の市場関係者の方々と直に触れ合うことができたのも、とても貴重な経験でした。
全国各地に「青森りんごの会」という組織があり、各地区で青森りんごの消費宣伝活動に取り組んでくださっています。どの地区の皆様からも「農家の方が丹精こめて作ったりんごも、産地からの宣伝材料も、何一つ無駄にしてはいけないという気持ちで取り組んでいる」というお話を伺い、非常に感銘を受けました。それと同時に、どれだけ多くの方が青森りんごを支えてくださっているかということを改めて知る機会となり、私達も第一線で青森りんごをPRさせていただくことへの感謝と責任感、誇りを持って取り組まなければならないと強く思いました。また、国外での活動では青森りんごの品質、栽培技術の素晴らしさを目の当たりにし、青森県が世界に誇る青森りんごの消費宣伝活動に参加させていただくことの喜びを感じました。
ミスりんごとして活動できたことは、私にとって人生の大きな宝物です。それだけ学び得たこと、経験したこと、思い出、すべてが自分にとって大きな影響力を持っていますし、間違いなく成長させていただけたと実感できるほどの経験でした。先代の本会会長は「青森りんごが日本一であるように、その青森りんごをPRするミスりんごも日本一のミスでなければならない」とおっしゃっていたそうですが、このような充実した活動ができたことも、自分自身が成長できたと実感できることも、事務局の皆様のサポートがあってのことでした。活動当初は式典や表敬訪問など初めての経験ばかりで不安でいっぱいでしたが、安心して仕事ができるようにと常に私達のことを考え、全力でいつも支えてくださったおかげで、私達もミスりんごとしての向上心を持ち続けることができ、成長できたのだと、心から感謝しております。
これからもミスりんごの名に恥じぬよう、この素晴らしい経験を様々な場面で活かし、日々成長していけたらと思います。ミスりんごとして多くのチャンスを与えてくださった皆様、お世話になった皆様に、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
                                             
                                             
                                             
                                             
                                             
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第11代ミスりんご 坂本 絵理
                          
私がミスりんごになりたいと思ったきっかけは、ミス北彩紀行の加藤直子さんとの出会いでした。私は昨年度、他のミスとして活動しておりました。その活動のなかで、青森県内のミスが集まって観光のPRをするイベントに参加した時のことです。集まったミス達の中で、ミス北彩紀行の加藤直子さんがひと際素敵で目立っていました。加藤さんの動作や笑顔や話し方などすべてがこれぞ「ミス!!」という感じで本当に素敵でした。その場にいた職員の方たちが加藤さんのことを「もとミスりんごだからだよ」とか「ミスりんごはすごい」と話しているのを聞き、私は一気に「ミスりんご」にあこがれ、どうせやるなら「ミスの中のミス」である「ミスりんご」になりたいと思いました。
このような理由から応募し、ついに憧れの「ミスりんご」に選ばれ活動が始まり、研修を受けさせていただきました。どの研修も「ミスのお仕事」に必要な知識だけではなく、素敵な女性としてこれからの生活にとてもプラスになることばかりだと思います。研修を受け、「ミスりんご」にふさわしい振る舞い、言葉使い、髪型、メイク、服装などを自分なりに色々考え、研究(?)し、変化し続けた数ヶ月間でした。自分を磨くことはとても楽しいと感じました。活動するたび少しずつ自分が「ミスりんごらしく」なってきたと思えることがうれしかったです。
私が一番心がけたのはいつも笑顔でいることです。もともと私は笑っていることが多いのですが、ミスの活動の中でいつも笑顔でいることを心がけた事で、普段の生活の中でも笑顔がふえて、明るく穏やかになったと思います。誰とでもにこやかに優しくお話できるようになりました。
池袋で行なわれた「全国村おこし大会」に参加した時の事がとても印象的です。日本全国の都道府県のミスが集まったので色々な方がいました。ちゃんとしたミスの研修をしている・いないはこんなにも大きな差がでるものかと驚きました。私は、スタッフの方や他のミスの方から「立ち振る舞いがちゃんとしている」と誉められ、とてもうれしかったです。
ミスりんごになってたくさんの人とお会いしました。(本会の)会長さんがよく「ミスりんごとしての経験は普通のOL10年分に値する」とおっしゃいますが、本当にその通りだと思います。人との出会いも10年分以上あったと思います。りんごを生産している方をはじめ、りんごの流通に関係している方々、色々な地域の県や市などの職員の方、イベントスタッフの方、訪問先の企業の方など多くの方々とお会いし、そして世の中には色々な仕事があるということも知りました。
その中で県知事さんをはじめ、市町村長さんともお会いすることが出来ました。この先自分でどんなに頑張って勉強したり、偉くなったとしても知事さんと一緒にお仕事をしたり、何回もお会いすることはないと思います。みなさん「ミスりんご」に対してとても気さくに優しく接してくださり、本当にありがたく思います。
ミスりんごの活動を通して多くの経験や知識を身に付けることが出来たと思います。色々な経験をすることで、自分が磨かれ、一回りも二回りも人間が大きくなったと思います。活動が忙しくなってきた10月から3月までは「ミスりんご」の活動と普段の生活を両立させて全力でがんばりました。きっと私の「人生で一番輝いた時期」になることでしょう。そして憧れの「ミスらしいミス」を経験できて本当によかったです。「ミスりんご」の「ミスらしさ」はとても満足しました。ミスりんごのお仕事はとても楽しかったです。役員や事務局の皆様にもとても親切に、いつも気を使っていただき、私も頑張る気が増しました。本当にありがとうございました。
                                             
                                             
                                             

 
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